惣菜かわむら blog

独立失敗談 料理人苦労話 時事ネタなど

ご無沙汰しております・・^^;

随分とブログ更新せずに申し訳ありません!

やらなきゃやらなきゃと思いつつ、何をどう書こうか迷ってて書けませんでした。

 

ん!?書くこと決まって無かったっけ!?

 

・・・そうなんです・・実はその書こうと思ってたことで引っかかりがあって、ずっ考えてました。

 

というのも、そもそも伝えたかったことはなにかと言うと、「これからどうしたいか!?」です。

 

長年、雇われという立場で料理を作るという仕事をしてきて、嬉しかった事、苦しかった事、不安だった事を振り返ってみて、「今まではこうだった・・だからこうして行きたい!」的な事をお伝えしたいなと思っていました。

 

ただ、いざ書いてみようとしたら何をどこからどうやって書いたら良いのかわからなくなってしまいました。

 

前回は「料理人として感じてきた飲食業界の問題点」や「労働環境が悪く、若い職人が減り続けていて、今後の「日本料理」の継承が難しい」や「今後の高齢社会を迎えた時の、「食」における問題点」などを取り上げてました。

 

なぜ、この視点で話をはじめたかと言えば、なにか自分が独立するに至った理由に何かしらの大義名分みたいなものが欲しかったんだと思います。

 

たしかに、問題意識としてこういう事に関心もあったし、どうにかできないかなと考えた事はありました。

 

ただ、こんな社会問題を一個人が解決できるわけもないし、そこに力を注ぐよりは、自分が出来ることをやるところから取り組んだほうが良いんじゃないかなと思うようになりました。

 

そんな事当たり前なんですけどね・・^^:

 

ということで、これらの問題には無関心になるのではなくて、これからも注視しては行きますが、まずは自分に出来る小さな一歩からお伝えして行こうかなと思います。

 

前置きが長くなりましたが、今日は始まりのとこまで戻ってお話ししようと思います。

 

というのも、僕が料理人を目指すきっかけになったお話です。

 

実はこの仕事に関心を持ったのは今から36年前、小学校1年生の時の話です。

 

僕には1歳下の妹と5歳下弟がいまして、両親は共働きでした。

 

父はタクシー運転手、母は看護婦でお互い夜勤があり、子供だけで留守番することは珍しくありませんでした。

 

ある晩、両親とも仕事で、家に兄弟3人で留守番してた夕飯の時です。

いつもは母が食事の支度をすっかりしていてくれるのですが、その晩はたまたまご飯が炊けているだけでした。(今から思うとなにかしら用意してあったのかもしれませんが、当時の僕は気が付きませんでした・・)

 

普段から忙しそうにしてる両親をみていた僕は「母さん忙しくておかずを作り忘れちゃったんだな」と思いました。

 

それなら僕が作ればいいんだと思い、はじめて台所に立つ事になりました。

 

冷蔵庫にハムと冷凍庫にゆでたトウモロコシをみつけて来て、あぶなっかしい手つきで包丁を使います(笑)

 

たぶんTVかなんかで見て、チャーハンを作ろうと考えました。

 

フライパンを火にかけて、ご飯とハムとトウモロコシを入れてボロボロこぼしながら炒めます(笑)

 

普通なら味付けに塩と胡椒を入れますが、さすが小学生です・・・加えたのは砂糖!

 

あまーいチャーハンが出来上がりました。

 

それを妹も弟も喜んで完食してくれました。

 

あの時の嬉しかっ気持ちを今でも鮮明に覚えています。

 

それからは自然と料理に興味関心が強くなり、小学校3年で将来は寿司屋の職人になる!と決めてました。

 

当時、小さいながらに勉強は家庭科と図工以外は無駄だと本気で思ってました。

 

職人は勉強ができなくても料理が出来れば良いと高校に上がるころまで信じてました。

 

そうして今は、勉強してこなかったことを後悔してます(笑)

 

そういうわけで、料理の仕事につきたいと考えたのは小学校低学年の時からでした。

 

甘いチャーハンをおいしそうに食べてくれた二人の笑顔が嬉しかったというだけでした。

 

美味しい料理を誰かに食べてもらって、幸せになってもらう・・ステキな仕事だなと思ったのがきっかけです。

 

ちょっと長くなったので続きはまた次回にしたいと思います。

 

今日は自分も大事なことを思い出すきっかけになって、ブログを書けて良かったなと思いました。

 

それではまた次回にお会いしましょう!

 

ありがとうございました!